自分に合わないゲームのことをノットフォーミー略してNFMと言うらしい。

みっともない言葉だ

いつのまにか日本人は恥の感覚も失ってしまったらしい。
元来日本人は寡黙な民族だ。
しかしいつからか、ペラペラと無駄口ばかりたたくようになってしまった。
そして自分に合わないモノをむやみに攻撃する。
自分に合わなければ理由もなく攻撃する。

まあ攻撃すること自体は別に構わない。
私だって文句を言いたくなるときはあるし、実際にネガティブなレビューでも気にせず書く。
しかし出来るだけ理由を挙げて書くようにしている。
わたしのむらのじんせいもそうだ。
なぜ私はわたしのむらのじんせいが嫌いか?をネチネチと書いた。
私は村の人生が好きすぎるので、わたしのむらのじんせいが嫌いなのだ。

さて話を戻す。
NFMという言葉の問題は取り付く島のなさだ。
理由も言わずNFMとはどういうことだ。
NFMという言葉に、取り付く島のない、理由も根拠もない、いわれのない差別を感じる。
理由もなく忌み嫌い、差別するために使う言葉がNFMだ。

まぁ村八分という言葉があるくらいだから、日本人の根源には島国根性ならぬ、NFM根性が備わっているのだろう。

しかし私は仮に自分に合わないゲームでも、NFMは使いたくない。
そんな言葉を使う自分に失望してしまうからだ。

さて、こんな汚い言葉をTシャツにして着る輩がいるのだから、もしかすると日本の社会は終わっているのかもしれない。
こんなTシャツを着るくらいなら、しまむらで買ったKOF2000Tシャツを着て銀座を歩くほうがマシだ
(魔界村でも可)