ふたりでボードゲーム

2人プレイできるボードゲームを紹介していくブログです。

カテゴリ: 伊集院静


追い続けることに疲れた……

ボードゲームのブームは昨今のSNSによる情報発信と密接にリンクしている。
ボードゲーマーをつないでいるのはSNSで、不特定多数のプレイヤー同士、出会うことができるようになった。

それに伴い情報もどんどん入ってくる。
1000人いれば1000タイトルのオススメボードゲームが流れてくる。

ボードゲームは(特に日本では入手しにくいから)入手することに快感を覚える。
私もそうだった。

しかし今は情報を集めること、あるいは情報が耳に入ってくることに疲れてしまった。

私もとっくに人生の折り返し地点を過ぎている。
このままどんどんボードゲームを増やしていっても、全く上達しないまま人生が終わってしまう。

せめて買ったボードゲームは町内会で一番強い、くらいにはやり込みたい、と思うのがボードゲーマーの心理ではないだろうか?

1個極めるのに100回プレイしたとして、200時間。
50個極めるのには10、000時間かかるのだ。

というわけで、これからは手元にあるゲームを大切に攻略しつつ情報を発信していければ幸せな気がする



 


自分に合わないゲームのことをノットフォーミー略してNFMと言うらしい。

みっともない言葉だ

いつのまにか日本人は恥の感覚も失ってしまったらしい。
元来日本人は寡黙な民族だ。
しかしいつからか、ペラペラと無駄口ばかりたたくようになってしまった。
そして自分に合わないモノをむやみに攻撃する。
自分に合わなければ理由もなく攻撃する。

まあ攻撃すること自体は別に構わない。
私だって文句を言いたくなるときはあるし、実際にネガティブなレビューでも気にせず書く。
しかし出来るだけ理由を挙げて書くようにしている。
わたしのむらのじんせいもそうだ。
なぜ私はわたしのむらのじんせいが嫌いか?をネチネチと書いた。
私は村の人生が好きすぎるので、わたしのむらのじんせいが嫌いなのだ。

さて話を戻す。
NFMという言葉の問題は取り付く島のなさだ。
理由も言わずNFMとはどういうことだ。
NFMという言葉に、取り付く島のない、理由も根拠もない、いわれのない差別を感じる。
理由もなく忌み嫌い、差別するために使う言葉がNFMだ。

まぁ村八分という言葉があるくらいだから、日本人の根源には島国根性ならぬ、NFM根性が備わっているのだろう。

しかし私は仮に自分に合わないゲームでも、NFMは使いたくない。
そんな言葉を使う自分に失望してしまうからだ。

さて、こんな汚い言葉をTシャツにして着る輩がいるのだから、もしかすると日本の社会は終わっているのかもしれない。
こんなTシャツを着るくらいなら、しまむらで買ったKOF2000Tシャツを着て銀座を歩くほうがマシだ
(魔界村でも可)



手はたくさんあるけれど……

ボードゲームは買うと嵩張る。
そこで部屋の片隅に積んでいくとあっという間に私の身長(180cm)くらいには積み上がってしまう。
気にせずにどんどんどん積んでいくと月を越えて火星まで……行くはずもなくドサッと崩れ落ちる。

私もとっくに人生の折り返し地点を過ぎている。
このままどんどんボードゲームを増やしていっても、全く上達しないまま人生が終わってしまう。

せめて買ったボードゲームは町内会で一番強い、くらいにはやり込みたい、と思うのがボードゲーマーの心理ではないだろうか?

1個極めるのに100回プレイしたとして、200時間。
50個極めるのには10、000時間かかるのだ。

やはり時間は有限なので、プレイしないゲームはどんどん手放すかボードゲームカフェでプレイするのが一番ではないだろうか?


 


浅草に向かうべきか?

本当の大人はどんな風にボードゲームを買うのだろう?

大人はオトナらしくボードゲームを買いたい(まあ、いい年をしたオトナの大人はボードゲームなど買わない気もするが…)

【安いから、と言っても、見えている地雷を踏むわけにはいかない】
➡やはりいくら安くても、504を買っても仕方ない。
なにしろ504だからだ。
私の村の人生?半額でも買う価値はないだろう。
そんな金があったらザギンでシースーだ(村の人生でザギンでシースーは無理か……)

というわけで、やはり大人だったらイエサブで定価買いが社会を支える意味でも理想的と言えるだろう。




 
 


おしごと、怖い‥

オープン会に行くと色々な人がいます。
口うるさいボードゲーマーもいるわけです。

○身だしなみに気をつけろ
○臭いに気をつけろ
○手を洗え
○コンポーネントを乱暴に扱うな

まあここら辺はわかります。
自分がされたら嫌ですからね。
これはボードゲーム以前の問題ですからね。
しかし‥

○お仕事をしろ
○キングメーカーになるな
○長考するな
○常に勝利を目指してプレイしろ、舐めプするな

○俺は狭量だから、上記プレイは認めない

※ここでいうお仕事とは、俺の思い通りにプレイして、俺を勝たせろ、という意味です。

といわれても初心者は

???


でしょう。
そりゃそうです、だって初心者ですから。

理不尽なプレイを容認できないなら、3人以上のボードゲームなどやらないほうがいい。
理不尽なプレイを容認できないなら、2人専用のボードゲームをプレイすればいい。
理不尽なプレイを容認できないなら、ひとりでずっとプレイしていればいい。

自分が初心者だった頃を思い出すべきだろう。
 


海外はいい!!

世間はGWモードですが、私は締め切りに追われてそれどころではありません。
もう、すっかりなれました。

さてせっかく妻が仕事に出ているので悪事を企てることにする。
ボードゲームの輸入である。

まあ輸入といっても海外サイトからぽちぽちと買うだけだが
‥‥おお!あれも!!これも!!やすい!!!
最初の30分はあまりの安さに興奮してみたが、冷静に考えると

こんなに安いなら無理してすぐに買う必要はない、と気づく。

なるほど、ボードゲームとは結局その程度かもしれない。
オープン会で見せびらかしたところで、ちっぽけな自尊心を満足したところで何も変わらない。
それなら稼働しやすいゲームを買って、妻と楽しくプレイした方がいいに決まっている 

というわけでAmazonからラプトルを買ってプレイしようとしたら
妻がすぐに新しいゲームと気がつき機嫌が悪くなってしまった。

ラプトルの箱絵はもっと没個性的な方がいい。 


カエルの煮込みでも作るとするか‥

さて最近はあまりフィクションを書かなくなったので、フィクションを書こう。
近年キャッシュフローというゲームが色々な意味で話題である。

大概のオープン会ではキャッシュフロー禁止となっているのだから、とりあえず調べてみる。
なるほど一時期はやった金持ち父さん、貧乏父さんの流れを汲むものか…

いつの時代にもうまい話をする人間はいる

世界一おいしいスープ、という童話にもあるじゃないか?
巻き込んだ方が強いのだ

情報があふれる社会だからこそ、ネガティブな情報でもあったほうがマシなのだ。
情報が人の目に付けば、インターネットで調べる。
大半の人間は引っかからないが、やはり騙される人間はいる。
人の知性とはその程度だからだ。

うまい話に食いつく

でも食いつくのは、必ずしも個人の責任だろうか?
社会的弱者だったら、やっぱりうまい儲け話には食いついてしまう。
誰もが恵まれた生活をしているわけではない。
だから貧しい者は、ダボハゼのように餌に食いつく。

それを一概に自己責任と言って良いのか?
社会的弱者に生まれたことが自己責任なのか?

私にはわからない。
私はそういう環境にいたことがないからだ。
食うに困ったこともないし、運賃に困ったこともない。
簡単に想像できる、なんてとてもじゃないが言えない。

しかし過剰に反応しないことが大切だ、ということはわかる。
つまりオープン会でキャッシュフロー禁止なんて書く事がキャッシュフローを間接的に広めているようなものだ。

だからオープン会では是非フードチェーンマグネイト禁止、と規則に入れて欲しい。
あれはいいゲームだから、もっと広がって欲しい。
一家に1フードチェーンマグネイト。
そのためにはタカラトミーあたりから3000円くらいで売られるとよいのではないだろうか?





 


寒さの限界に挑戦!!(私生活の)

仙台の冬は寒いが、我が家もすっかり極地方である。
まあ私が毎晩飲み歩いているからだが、困ったことに、妻がまったくボードゲームの相手をしてくれない。

しかし私から頭を下げるのはシャクなので、ここは態度で示すしかなさそうだ。
そんなときにはグランドオーストリアホテル2人プレイ1人回しが一番良さそうだ。



なぜか?といえばたった14手、2人分でも28手で終わるからだ。
一人で回せば………30分くらいで終わる?そんなわけない。
楽に1時間は掛かる。
金の工面に苦労するゲームだから、1手1分など無理だ。

でも意外といいのだ。

グランドオーストリアホテルはとても美しいゲームだ。
箱、コンポーネント、ルールすべてが2人プレイ用に作られている、といっても過言ではないだろう。

他プレイヤーの邪魔をすることもできるが、金が掛かり自分の首を絞めかねない。
金がなくなると勝利点を減らされることもないが、

なにもできなくなる

これはなかなか辛い。
物乞いカードや借用書カードをとるよりもはるかに辛い。
目に見えるペナルティがないだけで、目の前にいくらサイコロがあってもなにもできないからだ。
まさにお預け状態である。

だが、それがいい。

ドMを自認する諸兄にこそプレイしてほしい。




目標だけは気高く

最近すっかり積みゲーが増えてしまった。
まさに正月太りである。

部屋の片隅につまれた箱を眺める

自分のわき腹をつまむのと一緒で、みじめな気持ちだ

というわけでさっそく崩すことを考えた。
我が家の積みゲーで真っ先に目につくのはAAAだ

A:アクアスフィア
A:アビス
A:アルルの丘

である

※アルルの丘の原題は、Fです。

これは如何ともしがたい。
アルルの丘とアクアスフィアは妻には難しすぎるような気がするし、アビスは内容は簡単だが見た目がアメコミ風で毛嫌いされそうだ。

とりあえずアルルの丘からプレイしてみるとするか………

意外と面白かった





子供に教えるなら囲碁!!

小さい子供に囲碁を教えるのは難しい。
つい語気を荒げてしまい、妻に叱られてしまった。
なにしろ言うことを聞かない。
しかも、子供はふざけてわざと間違えるからだ。
きっと私を怒らせて喜んでいるのだろう。

アブストラクトは教えるのが難しい。
言語化できないからゲームをプレイして教える。

一番良くないのは、大人が勝つことだ。
子供にとっては勝利こそ唯一の価値だからだ。

負けただけで、やる気を失い、もうプレイしなくなるだろう。
所詮ボードゲームはone of them、遊びの一ジャンルに過ぎない。

そしてもし負かすなら、なぜ負けたのか?どこで負けたのかを言葉で教えて、その特異点からプレイし直させることが大切だ。

キミが悪いのではない、キミの123手目が敗着なのでこう打つべきだ

アブストラクトを教えるのは難しいが、とても楽しい




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