ふたりでボードゲーム

2人プレイできるボードゲームを紹介していくブログです。

カテゴリ: 伊集院静


カエルの煮込みでも作るとするか‥

さて最近はあまりフィクションを書かなくなったので、フィクションを書こう。
近年キャッシュフローというゲームが色々な意味で話題である。

大概のオープン会ではキャッシュフロー禁止となっているのだから、とりあえず調べてみる。
なるほど一時期はやった金持ち父さん、貧乏父さんの流れを汲むものか…

いつの時代にもうまい話をする人間はいる

世界一おいしいスープ、という童話にもあるじゃないか?
巻き込んだ方が強いのだ

情報があふれる社会だからこそ、ネガティブな情報でもあったほうがマシなのだ。
情報が人の目に付けば、インターネットで調べる。
大半の人間は引っかからないが、やはり騙される人間はいる。
人の知性とはその程度だからだ。

うまい話に食いつく

でも食いつくのは、必ずしも個人の責任だろうか?
社会的弱者だったら、やっぱりうまい儲け話には食いついてしまう。
誰もが恵まれた生活をしているわけではない。
だから貧しい者は、ダボハゼのように餌に食いつく。

それを一概に自己責任と言って良いのか?
社会的弱者に生まれたことが自己責任なのか?

私にはわからない。
私はそういう環境にいたことがないからだ。
食うに困ったこともないし、運賃に困ったこともない。
簡単に想像できる、なんてとてもじゃないが言えない。

しかし過剰に反応しないことが大切だ、ということはわかる。
つまりオープン会でキャッシュフロー禁止なんて書く事がキャッシュフローを間接的に広めているようなものだ。

だからオープン会では是非フードチェーンマグネイト禁止、と規則に入れて欲しい。
あれはいいゲームだから、もっと広がって欲しい。
一家に1フードチェーンマグネイト。
そのためにはタカラトミーあたりから3000円くらいで売られるとよいのではないだろうか?





 


寒さの限界に挑戦!!(私生活の)

仙台の冬は寒いが、我が家もすっかり極地方である。
まあ私が毎晩飲み歩いているからだが、困ったことに、妻がまったくボードゲームの相手をしてくれない。

しかし私から頭を下げるのはシャクなので、ここは態度で示すしかなさそうだ。
そんなときにはグランドオーストリアホテル2人プレイ1人回しが一番良さそうだ。



なぜか?といえばたった14手、2人分でも28手で終わるからだ。
一人で回せば………30分くらいで終わる?そんなわけない。
楽に1時間は掛かる。
金の工面に苦労するゲームだから、1手1分など無理だ。

でも意外といいのだ。

グランドオーストリアホテルはとても美しいゲームだ。
箱、コンポーネント、ルールすべてが2人プレイ用に作られている、といっても過言ではないだろう。

他プレイヤーの邪魔をすることもできるが、金が掛かり自分の首を絞めかねない。
金がなくなると勝利点を減らされることもないが、

なにもできなくなる

これはなかなか辛い。
物乞いカードや借用書カードをとるよりもはるかに辛い。
目に見えるペナルティがないだけで、目の前にいくらサイコロがあってもなにもできないからだ。
まさにお預け状態である。

だが、それがいい。

ドMを自認する諸兄にこそプレイしてほしい。




目標だけは気高く

最近すっかり積みゲーが増えてしまった。
まさに正月太りである。

部屋の片隅につまれた箱を眺める

自分のわき腹をつまむのと一緒で、みじめな気持ちだ

というわけでさっそく崩すことを考えた。
我が家の積みゲーで真っ先に目につくのはAAAだ

A:アクアスフィア
A:アビス
A:アルルの丘

である

※アルルの丘の原題は、Fです。

これは如何ともしがたい。
アルルの丘とアクアスフィアは妻には難しすぎるような気がするし、アビスは内容は簡単だが見た目がアメコミ風で毛嫌いされそうだ。

とりあえずアルルの丘からプレイしてみるとするか………

意外と面白かった





子供に教えるなら囲碁!!

小さい子供に囲碁を教えるのは難しい。
つい語気を荒げてしまい、妻に叱られてしまった。
なにしろ言うことを聞かない。
しかも、子供はふざけてわざと間違えるからだ。
きっと私を怒らせて喜んでいるのだろう。

アブストラクトは教えるのが難しい。
言語化できないからゲームをプレイして教える。

一番良くないのは、大人が勝つことだ。
子供にとっては勝利こそ唯一の価値だからだ。

負けただけで、やる気を失い、もうプレイしなくなるだろう。
所詮ボードゲームはone of them、遊びの一ジャンルに過ぎない。

そしてもし負かすなら、なぜ負けたのか?どこで負けたのかを言葉で教えて、その特異点からプレイし直させることが大切だ。

キミが悪いのではない、キミの123手目が敗着なのでこう打つべきだ

アブストラクトを教えるのは難しいが、とても楽しい





どっちがオークか?

ボードゲームをしなくても生きていればジレンマだらけだ。 

先日のボードゲームフェスでゲームを買ったと仮定しよう。
さてこれを仙台に持ち帰ったらもちろん妻から大目玉だ。
それがメガシヴィだったらなおさらだ。

では東京の仕事場に置いたらどうか?
それは容易いことだが、仕事場でボードゲームをプレイすることはできない。
私は家で妻とプレイしたいからだ。


ボードゲームをプレイする前からすでにジレンマしかない。
 だからこそ人生は面白い。



質問してしまった方はリラックスが必要である。

滑ったネタを引き合いに出す

芸人を殺すには一番の方法かもしれないが、今やすべり芸という言葉もあるくらいだから、滑ったネタにつっこむ方が勇気がいる、というものだろう。
本物の緊縛師を招いてそのままSMプレイをする、までいけば凄いと思うけど、ただ縛るだけではないか。

しかし何故人は(レベルの低い)炎上に群がってしまうのだろうか?
日本人に限らず、今や海外の政治家ですら、炎上商法のバーゲンセールだ。

だいたい、人狼と街コロくらいで、ここまで炎上する(させる)必要があるのだろうか?
そもそも街コロなんて現金使ったってそんなに盛り上がらないだろう。
素直にダイスシティを……いけない、うっかり炎上商法にひっかかってしまった。

そんな暇があったらHJに誤訳を指摘した方が時間の有効活用だろう。 
…まぁ五十歩百歩な気がしてきた。

きっと仙台で家族とボードゲームをしている方が楽しいに違いない。




自分に合わないゲームのことをノットフォーミー略してNFMと言うらしい。

みっともない言葉だ

いつのまにか日本人は恥の感覚も失ってしまったらしい。
元来日本人は寡黙な民族だ。
しかしいつからか、ペラペラと無駄口ばかりたたくようになってしまった。
そして自分に合わないモノをむやみに攻撃する。

まあ攻撃すること自体は別に構わない。
私だって文句を言いたくなるときはある。
問題は取り付く島のなさだ。

NFMという言葉に、取り付く島のない、理由も根拠もない、いわれのない差別を感じる。
理由もなく忌み嫌い、差別するために使う言葉がNFMだ。

まぁ村八分という言葉があるくらいだから、もしかすると日本人の根源には島国根性ならぬ、NFM根性が備わっているのかもしれない。

しかし私は仮に自分に合わないゲームでも、NFMは使いたくない。
そんな言葉を使う自分に失望してしまうからだ。

さて、こんな汚い言葉をTシャツにして着る輩がいるのだから、もしかすると日本の社会は終わっているのかもしれない。
こんなTシャツを着るくらいなら、しまむらで買ったロックマンTシャツを着て銀座を歩くほうがマシだ
(ボンバーマンでも可)



現代の私たちは、光の中で生きている。
通信ケーブルや電波に囲まれ、すべての情報は小さいコンピューターの中に詰まっている、そんな気がしてきます。

しかし人間自体は1ミリも賢くなってない。
ただ情報に踊らされているだけだ。

商売のために作り上げられた賞に一喜一憂し、本質を見ようとはしない。
ボードゲームもそうだ。

たかだか数回プレイしたくらいで、NFMだの神ゲーだの騒ぐのはみっともない。
何がわかるというのだ?ルールですらおぼつかないくせに。

ボードゲームには箱絵など五感に訴えかける魅力は確かにあるが、それは表面的なものである。
何度もプレイして発見した魅力はそう簡単に消えるものではないのだ。

商売人の甘言に惑わされることなく、DIYに励むことこそ混迷の時代を生き抜く鍵になるだろう。
ダイナスティみたいな(新しいだけの)普通のゲーム時間があったら、浜辺でおっぱいお尻サンシャインをプレイした方が100倍有意義な時間だろう
 

買ったボードゲームとの別れ
それは誰しも体験する悲しいものだ。

しかし、「いっそのこと貸し倉庫へ…」などは、愚行だろう。
貸し倉庫へ移動したものなど二度とプレイすることはない。

大切なものを手放したりはしないからだ。

つまり自分から、大切ではない、と見限っているにもかかわらず、
カネを払って残しているのだから無駄と無知の合わせ技一本だ。

さて、とうとう仙台にある我が家もボードゲームで埋まりつつある。
家人と犬しか住んでいないが、駿河屋セールの度にちまちま買っていてはキリがないのだ。

さて、ついにコレクションを選別しなくては行けなくなった時どうすればよいか?

いつでも手に入るものを売る?
理に適っている選別にも見えるがこれには疑問である。
実際スプレンダーはプレイしたい。
やはりここはコンマリ流にときめきで判断するか?

…全てにときめいてしまう。

いっそのこと高く売れるものから売っていく、というのはどうだろうか?
なになにテラミスティカ日本語版が8500円…買った時と同じ値段じゃないか!!
やるな駿河屋。

これではいつまでたっても減りそうもないので、 プレイしないようなゲームから放出するとしようか…
しかし放出したゲームは当然遊ぶことができない…

これは噂に聞くボードゲーム仙人※になれ、という天啓だろうか?

※ ボードゲーム仙人とは
⇒ルールを読んだだけで、脳内にボード、コマ、対戦相手までも創造できる仙人のこと。
相手も必要なく夢幻の時間をボードゲームに費やすことができる伝説の存在。

なるほど確かにニューゲームオーダーのゲームはルールがPDFになっているから、無くても大丈夫そうだ。

サイアクDIYできるし。

というわけで、手放す候補は古代対決に決めた(少なすぎる)。

大人はどんな風にボードゲームを買うのだろう?

いい大人だったらボードゲーム程度、いつでも大人買いできる。私くらいの三文作家でもザギンに飲みに行くのを一回我慢すればよい

しかし金に糸目を付けずに買うことなら爆買い成り金でもできることで、みっともない行為だ

大人はオトナらしくボードゲームを買いたい(まあ、いい年をしたオトナの大人はボードゲームなど買わない気も…)

【安いから買う、ではなく一点豪華主義のススメ】
➡「定価の◯割で買いましたウヒヒ」自慢したい気持ちもわかるが、少し子どもじみてませんか?
猫が鳥を咥えて飼い主に持ってくるのと一緒である。
そんな時猫に問いかけます

その鳥はキミが本当に欲しかったものですか?
といっても猫はクビを傾げるだけですが…

やはり本当に欲しい物を豪華一点主義で買うのがオトナでしょう。

というわけで押入れの天袋直行でも、トワイライトストラグルだけを買うのが大人のボードゲーム流儀です

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